本書は、「(し)そうだ」を対象に、元来「様態」を表す用法から断言を控えた「非断定的表現」へと派生した言語現象に注目し、文章や談話における使用状況を考察し、その背景にある語用論的要素を明らかにしようとするものである。情報のなわ張りおよびポライトネスのフェイスの概念を援用し、語用論的な観点から非断定的表現のしくみを解明し、また、コーパス検索を通して、「(し)そうだ」の用例分析を行う。命題の属性と話者の発言権、表現意図と発話機能、構文という三つの側面から考察すると同時に、「(し)そうだ」が非断定的表現として使用される際に共起しやすい表現や典型的な用法も整理し、その分類モデルを立ち上げる。更に、「(し)そうだ」の機能分類により教材分析を行い、日本語教育への提案も試みる。
本書以日文「(し)そうだ」為對象,著眼於由「様態」用法所衍生出的「非斷定表現」語言現象,考察其文章及談話中的使用狀況,並闡明語境中所存在的語用論要素。筆者運用Territory of Information以及Politeness Theory的概念,採用語用論的觀點來解析非斷定表現的架構;同時,透過語料庫檢索,針對「(し)そうだ」進行語例分析,從「命題の属性と話者の発言権」、「表現意図と発話機能」、「構文」三個層面考察,歸納出「(し)そうだ」的典型用法及使用語境,進而建構非斷定表現的分類模型。此外,亦根據「(し)そうだ」的機能分類進行教材分析,提出具體的日語教學提案。
作者簡介:
黄鈺涵(ホァン ユーハン)
台湾台北生まれ。台湾大学日本語文学系卒業、日本早稲田大学日本語教育研究科修士課程・博士課程修了、博士(日本語教育学)学位取得。現在、台湾大学日本語文学系助理教授。
主な論文に「前置きにおける婉曲用法-非断定的な表現形式を中心に」(『台湾日本語教育論文集』12号 2008年)、「台湾の日本語教材」(『徹底ガイド日本語教材』凡人社 2008年)、「台湾の高等教育における日本語教育-台湾大学の第二外国語を例として」(『台大日本語文研究』21号 2011年)、「類義表現「(ノ)ダロウ(カ)」の語用論的分析-台湾人日本語学習者の習得状況も含めて-」(『台湾日本語文学報』32号 2012年)など。
臺灣臺北人。臺灣大學日本語文學系、日本早稻田大學日本語教育研究碩士・博士。現任臺灣大學日本語文學系助理教授。
已發表的主要論文有:「前置きにおける婉曲用法-非断定的な表現形式を中心に」(『台湾日本語教育論文集』12号 2008年)、「台湾の日本語教材」(『徹底ガイド日本語教材』凡人社 2008年)、「台湾の高等教育における日本語教育-台湾大学の第二外国語を例として」(『台大日本語文研究』21号 2011年)、「類義表現「(ノ)ダロウ(カ)」の語用論的分析-台湾人日本語学習者の習得状況も含めて-」(『台湾日本語文学報』32号 2012年)等等。
作者序
日本語では、円滑なコミュニケーションを図るために、人間関係や談話場面などの要素に配慮し、発話の形式を調整することが多い。発話を柔らかくするための方略としては、様々なストラテジーが使用されている。例えば、比喩などの修辞的表現を用いたり、直接的な言い方を間接的な言い方に変えたりすることがよく見られる。その中で、断定的な言い方を控え、意図的に非断定的な表現で表すというような言語現象もある。今まで研究対象として取り上げられた非断定的な表現形式としては、「ようだ」、「らしい」、「かもしれない」、「だろう」などのモダリティ文末表現が代表的な例である 。
〈中略〉
従来の研究においては、モダリティの文末表現について論じているものが数多くあるが、文法的な性質や意味上の類義性など、統語論や意味論に焦点を当てたものが殆どであり、語用論的な観点から分析を行ったものは少ない。本研究で取り上げる「(し)そうだ」も、そのモダリティの性質について、多くの研究成果が挙げられている。しかし、語用論的観点から捉えた非断定的表現「(し)そうだ」は、日本語教育への具体的な提案はおろか、日本語学の分野における本格的な研究さえも、殆ど行われていないのが現状である。
前述の通り、本来、様態の意味を持つ表現形式「(し)そうだ」は、実際の言語使用において非断定的表現として現れることが多いのにもかかわらず、それに対する認識や非断定的表現の位置付けはまだ明確に定まっていないようである。そのため、本研究は、「(し)そうだ」が非断定的表現として使用されるという言語現象に焦点を当て、語用論の概念を分析に導入することで非断定的表現の性質や枠組みを解明し、更に、非断定的表現が用いられた場面や機能について検証する。
本研究は、「(し)そうだ」という表現形式が、話者の判断から発話・伝達へ移行する過程において、様態という用法が断言を控えた非断定的な表現として用いられる現象を分析し、その背景にある語用論的要素を明らかにすることを目的とする。主に語用論的レベルで論じているものであり、従来の統語論と意味論の視点から行われた研究とは、関心や趣旨が異なるものとして位置づけられる。研究手法としては、情報のなわ張りおよびポライトネスの概念に基づき、非断定的表現「(し)そうだ」の使用に関与する語用論的要素を解析した上で、コーパスの用例分析を通して、非断定的表現「(し)そうだ」がどのような状況で使用され、また、文章や談話においてどのような働きを持ち、どのような役割を果たすのかといった使用実態を明らかにする。更に、非断定的表現「(し)そうだ」の分類モデルを立ち上げ、この機能分類により教材分析を行い、教科書の不足点に対して、日本語教育の立場から有効な提示方法を提案する。
本研究は、統語論や意味論という従来の範疇を超え、語用論の視点から、本来の「様態」という基本義と異なる「(し)そうだ」の仕組みを解釈し、非断定的表現としての語用論的性質および機能を明らかにしようとするものである。
本章は七章で構成されている。
序章では、本研究の研究背景と問題提起、および研究の目的と意義について述べる。
第1章では、先行研究を概観し、モダリティ表現における「(し)そうだ」の分析視点を整理し、従来の捉え方と異なる本研究の立場について述べる。断定と非断定の発話形式を示す情報のなわ張りや私的領域の理論を踏まえたうえで、語用論の概念を援用しつつ、非断定という性質および非断定的表現の定義を提示する。
第2章では、分析の枠組みである語用論の概念およびポライトネス理論について説明し、非断定的表現「(し)そうだ」を考察するに当たって中心となる概念を取り上げる。特に、非断定的表現の使用に関わるフェイスの概念やポライトネス・ストラテジーについて詳しく述べる。
第3章では、非断定的表現「(し)そうだ」の用例分析を通して、発話の仕組みを解析する。そして、非断定的表現の選択に関与する諸要素のうち、人間関係、発話場面、事柄のなわ張り、表現意図、発話機能、および話者の心理などの語用論的要素を分析基準として取り上げる。
第4章では、コーパスとウェブ検索を行い、非断定的表現「(し)そうだ」に該当する用例を抽出し、使用頻度、共起語彙、ジャンル分布などの量的データを示す。更に、出現頻度の高い項目を対象に、典型的な共起表現や代表例をリストアップする。
第5章では、第4章の用例データについて、第3章で取り上げた語用論的要素をもとに質的分析を行う。①命題の属性と話者の発言権、②表現意図と発話機能、③構文という三つの側面から考察し、非断定的表現「(し)そうだ」の使用は、語用論的要素にいかに関与し、また、どのような発話効果を引き出すのかを考察する。
第6章では、教材分析を通して、非断定的表現「(し)そうだ」がどのように教材に反映されているかを考察する。調査結果および問題点に対して、本研究で取り上げた非断定的表現の機能分類に基づき、「(し)そうだ」の指導上の提示方法や会話例を提案する。
第7章では、本書全体の考察内容をまとめ、今後の課題を述べる。
本研究は「(し)そうだ」を対象に、元来「様態」を表す用法から「非断定的表現」へと派生した言語現象に注目し、語用論的な観点から実際の文章や談話における使用状況を考察する。情報のなわ張りおよびポライトネスのフェイスの概念を援用することで、非断定的表現のしくみを解明し、また、語用論的要素を分析基準として取り上げ、「(し)そうだ」の用例分析を行う。①命題の属性と話者の発言権、②表現意図と発話機能、③構文という三つの側面から考察すると同時に、文構造についても分析し、「(し)そうだ」が非断定的表現として使用される際に共起しやすい表現や典型的な用法を整理する。更に、非断定的表現の機能分類に基づき、日本語教育への提案を試みる。
日本語では、円滑なコミュニケーションを図るために、人間関係や談話場面などの要素に配慮し、発話の形式を調整することが多い。発話を柔らかくするための方略としては、様々なストラテジーが使用されている。例えば、比喩などの修辞的表現を用いたり、直接的な言い方を間接的な言い方に変えたりすることがよく見られる。その中で、断定的な言い方を控え、意図的に非断定的な表現で表すというような言語現象もある。今まで研究対象として取り上げられた非断定的な表現形式としては、「ようだ」、「らしい」、「かもしれない」、「だろう」などのモダリティ...
目錄
序章 はじめに
0.1 研究背景と問題提起
0.2 本研究の目的と意義
0.3 本研究の構成と概要
第1章 先行研究と本研究の位置づけ
1.1 モダリティ表現
1.1.1 「(し)そうだ」の基本的性質と用法
1.1.2 やわらげ・婉曲の観点から
1.2 断定と非断定
1.2.1 発話の文末形式
1.2.2 情報のなわ張り理論
1.2.3 なわ張り・私的領域と丁寧さ
第2章 語用論におけるポライトネス
2.1 意味論と語用論
2.2 ポライトネスと丁寧さ
2.3 ポライトネスの枠組み
2.3.1 リーチのポライトネスの原則
2.3.2 ブラウン&レビンソンのポライトネス理論
第3章 語用論的要素
3.1 発話の仕組み
3.2 語用論的要素
3.2.1 人間関係
3.2.2 発話場面
3.2.3 事柄のなわ張り
3.2.4 表現意図
3.2.5 発話機能
3.2.6 話者の心理
第4章 「(し)そうだ」の用例検索
4.1 調査方法
4.2 検索結果
4.3 データ分析
4.3.1 使用頻度
4.3.2 共起表現
4.3.3 ジャンル分布
第5章 語用論的機能
5.1 非断定的表現の用例分析
5.2 命題の属性と話者の発言権
5.3 表現意図と発話機能
5.4 構文
第6章 教材分析
6.1 調査対象教材
6.2 教材での扱い
6.2.1 日本語初級教材における扱い
6.2.2 日本語中・上級教材における扱い
6.3 分析結果および問題点
6.4 指導の提案
6.4.1 提示方法
6.4.2 具体例
第7章 おわりに
7.1 まとめ
7.2 日本語教育への示唆
7.3 今後の課題
付録
参考文献
用例出典
索引
序章 はじめに
0.1 研究背景と問題提起
0.2 本研究の目的と意義
0.3 本研究の構成と概要
第1章 先行研究と本研究の位置づけ
1.1 モダリティ表現
1.1.1 「(し)そうだ」の基本的性質と用法
1.1.2 やわらげ・婉曲の観点から
1.2 断定と非断定
1.2.1 発話の文末形式
1.2.2 情報のなわ張り理論
1.2.3 なわ張り・私的領域と丁寧さ
第2章 語用論におけるポライトネス
2.1 意味論と語用論
2.2 ポライトネスと丁寧さ
2.3 ポライトネスの枠組み
2.3.1 リーチのポライトネスの原則
2.3.2 ブラウン&レ...